発足にあたって

 本賞創設の理念に係る「世界思想社」は、1948年、髙島國男が24歳のとき、刑法学者瀧川幸辰の知遇を得て設立した、学術・教養書の出版を主たる目的とする出版社である。
 しかしながら、「世界思想社」の経営は開業直後から困難を極め、出版の喜びは同時に経営の苦しみでもあった。わずか数年を経ずしてまさに崩れんとしたそのとき、あたかも救世主のごとく、ある企画が持ち込まれた。しかしそれは、髙島の出版理念とは異なり、高等学校の教科書の副読本であった。
 ただ、髙島の予期する出版物とは異なるものであったとはいえ、現実に日々の生活費にも目途が立たないなか、髙島はその発行元を「教学社」とすることで自分を納得させ、その企画を承諾することにした。
 時代は戦後の復興期を迎えてしだいに若者人口も増え、学習参考書・受験参考書は順調に売れ行きを伸ばしていった。その間「世界思想社」は細々ながらも継続していたが、自立はとうてい不可能な状態であった。
 1969(昭和44)年、二つの出版社は合体して「(株)世界思想社教学社」となり、新たな出発をすることとなった。「教学社」の経営に支えられ、その後「世界思想社」はさまざまな企画を立てる余裕が得られるようになった。
 しかし、髙島にはどうしてもかなえたい出版人としての「夢」があった。それは学術書出版社としての「世界思想社」の自立である。
 髙島が、いくつもの中小の学術系出版社が、困難な条件の下でそれぞれ努力して事業を営んでいる現実に心を致し、ときには口にして敬意を表していたことをわれわれは見聞しているが、そのとき髙島はあたかも自らを恥じているかのようであった。おそらく事実そのとおりであったろう。
 髙島の経歴その他の記録からすれば、「世界思想社」とは、髙島が戦時期から戦後を命がけで生き抜いてきた時代への異議申し立てを象徴する命名であり、学術研究者への深い敬意と信頼の証であり、人々の人間性をはぐくみ、争いのない世界を創出する教養の重要性を宣言するものでもある。
 われわれは、優れた研究ならびに出版計画の推進にいささかなりとも貢献できることを願い、ここに「髙島國男記念出版基金」を創設することを表明したいと思う。
 なお、髙島は、若い研究者を大切にすることと、地方の出版文化の重要性を折にふれ強調していたが、本基金はこれらについても十分配慮したいと考えている。

  2016年11月

主催:有限会社 京都出版センター
代 表  髙島照子